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6年前の今日「東日本大震災」は起こりました。

言わずもがな、未曽有の災害は多大なる爪痕を大地に残し、多くの人々の心にもシクシクと痛む傷を付けました。
災害により命をおとされた方々、その後の心労で生きることができなかった方々、ご冥福をお祈りします。

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その日、私は自宅にいてワイドショーなんかを優雅に観ていたのですが(さいたま市在住)地震の揺れが尋常じゃなく長引く状態の中「ちょっとやばいな・・・マヂか・・・」と感じながらも楽観視していました。
揺れが収まって家の中を見渡しましたが、本が数冊床に落ちている程度で大きな被害はなく(ガスは緊急停止していました)停電もなくTVだけが慌しく情報収集に奔走していました。外に出ると青空が広がっていて、とても静かで、一安心した記憶があります。
ところが娘が学校から帰るなり「大変だ!」と。(当時大宮北高校へ徒歩で通学)さらに息子が帰宅(当時中学生)するなり「水道管が破裂して噴水のように水が溢れて授業打ち切りで帰ってきた」と言う。ニュースではいよいよ津波映像が出始めて、初めて「大変なことになるぞ」と予感しました。

阪神大震災のときと意識は完全にシンクロして、子どもたちに「これから信じられないくらいに被害が大きくなるからニュースをよく見とけ!」と促し、妻に連絡しました。(当然つながらず)妻はローソンでパートとして働いていたのですが、その日は店長不在の状態でパート二人で切り盛りしていました。その地域は停電していたため近所のスーパーなどが軒並みシャッターを閉める中、自動ドアを開放して上着を着て(暖房つかない)食料などを買い求めるお客様が殺到するなか「電卓」で営業を続けていたそうです。陽が暮れて商品が見えなくなるまで販売して、ようやく19時ごろ自宅へ帰ってきました。

今思えばその日に家族が揃うことも割と奇蹟に近い状態ですね。

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当時ルースは開業して最初の春を迎えるころだったのですが、大きな被害はなかったものの「自粛ムード」に飲み込まれて売り上げはガタ落ちし大変な状態だったと聞いています(この当時は宮原さんという方が店長で働いていました)

振り返ってみると自分自身は防災意識ゼロで、実際近所の家屋は瓦が落ちていたり、ブロック塀が崩壊していたり、火災が起こらなかったからまだよいものの、全然災害時の行動ができなかったなあと思います。完全に逃げ遅れる人第一号でしょう。
知り合いや出会った人に話を聴くと、帰宅難民になった方が多く(サンシャイン60の55階で働いていた人と話をしました)それぞれが防災意識の低さに右往左往した経験を教えてくれます。

北海道奥尻島地震、阪神大震災や新潟中越地震、東日本大震災、熊本地震など、ほぼ全国の方が大きな地震を経験して、それぞれの防災意識の低さに愕然としたと思われます。実際経験しないと人ってやっぱりわからない。それは仕方のない事なのかもしれません。
それでも私たちは経験しました。それは負の財産のままで終わらせず、ちゃんと未来に活かさなくてはいけないと思います。

 

忘れないことは、防災の始まりでもある。

 

きっと今日も平和な一日でしょう。ただ、心の片隅で振り返る。それは亡くなった人へ明日をみせてあげる私たちの責任かも知れません。
何気ない毎日でも、私たちは常に震災前を生きているのだと思います。
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今日もきれいな夕焼けだといいですね。

311本日にちなんで、真面目なブログ更新でした。